何かを作りたいだけ。

凡人ゲームプランナーの走り書き

「物語のレベルデザイン」についての一考

レベルデザインというのは本来ゲームのアクションやパズルなどの難易度をプレイヤーの上達や進行度に合わせて加減することである。
フロー理論的に言えば、難しすぎず易しすぎないレベルデザインがゲーム体験の面白さを決めていると言える。
ゲームの面白さにおいてレベルデザインは重要なファクターであるのは間違いない。

時に、この世の中のあらゆることは何かのアナロジーであるように、物語にもレベルデザインが導入できるのではないかと考えた。
物語のレベルデザインによってより物語の奥行きを深め、また伝えたいことをより楽しく正確に理解させることができると考える。

面白い物語に必要な要素は様々あるが、本来はその物語が「伝えんとすること」がもっとも大切であり、面白さというのはその副産物に過ぎない。
今日ではそれを忘れていたり、無視したアプローチで制作されたりした作品はもはや価値を持たない。
極度にコモディティ化したエンタメ産業では作者の意志無き作品はどれだけ高い技術力だろうとも有象無象の一つになってしまうからだ。
ここではとりあえず「伝えんとすること」の大切さをわかってもらったという体にして、その伝え方である「レベルデザイン」について考える。

 

ここで言う物語の「レベルデザイン」とは、表面的な物語の意味とその裏の意味、そしてさらにその先の意味というのが段階的に理解できるように物語を構築するということだ。
これは別に特別新しい考え方ではなく、表向きのテーマと裏のテーマを設けるような手法は旧来使われてきている。
この「レベルデザイン」ではそのテーマを段階的に、より深く複雑なテーマに導くように、意識的に構築すると良いのではないかという考えだ。

例えば、ヒーローが悪者を倒すようないわゆる勧善懲悪的な物語があったとする。
この物語での表面的な意味は「正しい行いをすべきである」であったり、「正しい行いは必ず報われる」であったりする。
そこでこの物語の道中に主人公と異なる「正義」を持つキャラクターが表れるとする。
このキャラクターが出てくることによって、「正義の不確かさ」を伝える。
そして異なる正義と対立することによって、「それぞれの正義」があることを伝え、考えさせることができる。
このような構成ではユーザーは段階的により複雑なテーマに触れることになる。
仮面ライダー龍騎を想像してもらうとわかりやすいかもしれない)

こういった例を考えてみても、物語のテーマと展開というのは密接に関係していて、面白さの源流になっていることは明らかだ。
しかしながら、これを行動そのものに面白さがあると誤って捉えてしまっていることが多い。
この例で言えば、「対立」したことが面白さの本質ではなく、「それぞれの正義」という複雑なテーマが十分に表現されたことが面白さの本質なのである。

加えて、ゲームにおいては様々な手法で体験させる物語そのものを複数用意し、誘導することができるので、このような「レベルデザイン」がより魅力的になると考える。
例えば、「Undertale」や「シェルノサージュ」に代表されるようなメタフィクションではそもそも段階的に物語を体験させ、ユーザーが徐々にコアのテーマへ理解を進めるようになっていて、この「レベルデザイン」を実現してきていると言える。
メタフィクションはその性質故にメッセージ性の強い作品が多いが、こういった物語の体験のさせ方は様々応用することができると思う。
高いメッセージ性をこめられるという点だけでなく、ユーザーが物語の中で「発見」をする遊びになるという側面も持っている。
この「レベルデザイン」はまさに、ゲームに向いた考え方であると言えるのではないだろうか。

というか、求められている物語の質は常に高まり続けているわけだから、どんどん新しいことをしなければいけないのだ。